3月の羊のように
3月は、別れの季節ですね。
街のあちこちで桜の蕾が膨らみ始めるこの時期、当院でも「実は引っ越しが決まりまして….今日が最後なんです」というご挨拶をいただくことが度々増えてきました。
進学、転居、そしてご両親の転勤。 これまで当たり前のように定期健診や予防接種、そして急な発熱の際にお顔を合わせていた子どもたちが、新しい街へと旅立っていきます。
開業以来、ずっと通ってくれたお子さんもいます。 あんなに小さくて、お母さんの腕に抱かれて泣いていた子が、今では自分の足でしっかりと歩き、少し照れくさそうに「ありがとうございました」と言えるまでになりました。また、最初の日は緊張していたお母様やお父様が、だんだんとこちらの言葉に笑顔で頷いてくれること、気軽に相談してくださるようになったこと、嬉しかったです。
心のこもったお手紙や可愛らしい記念の品々をくださった患者様もいらっしゃいました。一つひとつを手に取ると、診療室で交わした会話や、病気を乗り越えた時のご家族の安堵した表情が昨日のことのように思い出されます。
私たち医師にとって、最後の大切な仕事は「紹介状(診療情報提供書)」の作成です。 転居先の先生へ、これまでの経過を正確に伝え、治療のバトンを滞りなく繋ぐ。 「引っ越し先でも安心して診てもらえますように」と願いを込め、何度も読み返し、確認します。「なにかあればいつでもお問い合わせ下さい」とも書き添えています。それは、私の手を離れる子どもたちへ贈る、最後のエールでもあります。
当院の待合室には、大きな「はめ殺しの窓」があります。 外の光をいっぱいに取り込むその窓の向こうには、新しい世界が広がっています。
診察を終え、「ありがとうございました」と笑顔でドアを開けて出てゆくご家族。 逆光に包まれるその姿は、まるでまばゆい光の中へ溶け込んでいくように見えます。
その背中を見送るたび、私はいつも胸が熱くなります。 医師として関わらせていただいたのは、彼らの長い人生のほんの一端に過ぎません。それでも、ここで過ごした時間が、彼らの健やかな成長のわずかな助けになれたのなら、これ以上の喜びはありません。
光の中へ歩みを進める子どもたちの未来が、健やかで、笑顔あふれるものであることを心から祈っています。
「3月はライオンのようにやってきて、羊のように去る」と言う諺があります。これは3月の気候を象徴した表現ではあるのですが、私には患者さんとの出会いと別れを象徴しているように思えてならないのです。




